■「北東アジア大学生平和交流プログラム」2019

 このプログラムは、日本の大学生たちがアジアの平和について学ぶために、数カ年計画で進められています。「南北コリアと日本のともだち展」で繋がったNPOやNGO・個人が協力して、昨年からスタートしたものです。また、毎年8月に開催する平壌外国語大学との交流事業のための「準備」としても位置付けています。

 今年度第一回勉強会は、5月25日に、関西—関東間をオンライン中継するかたちで行われました。関西の会場はKEY事務所(ちぇっちゃり)で、訪朝予定の学生4名、スタッフ3名でした。関東の会場はアーユス仏教国際協力ネットワーク事務所で、学生9名にスタッフ6名でした。

 今後の問題意識を共有することを目指し、映画『海女のリャンさん』の上映会を行いました。

〔戦前、済州島から日本に渡り、大阪で暮らした故梁義憲(リャン・イーホン)さん(1916年生まれ〜2015年永眠。2004年の映画製作当時87歳)の生活を3年間にわたって記録した長編ドキュメンタリー。きっかけは、朝鮮通信使研究家・故辛基秀氏が38年前に、海女として日本各地の海で働くリャンさんの様子や、帰国船で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に子供達を送り出す姿を記録した未公開作品から始まる。この記録映画を完成させようと原村政樹氏が映画製作を引き継いだ。映画では、リャンさんの故郷・韓国済州島への53年ぶりの訪問や最後の北朝鮮訪問を紹介し、日本、韓国、北朝鮮に離散してしまった子どもたちとの再会から国家の対立がもたらす悲劇と、家族の絆の尊さを伝える。〕

 

 鑑賞後、戦中の朝鮮人の戸籍管理〜戦後の在日コリアンの法的地位の変遷(および戦後補償の非清算)について、KEYから簡単に解説しました。その後、参加した学生たちから感想・質問を述べてもらい、ブレインストーミングを行いました。リャンさんが人生の悲劇を「誰のせいにもできない」「あの時代を恨むしかない」と話していたシーンが印象に残った人が多かったようです。冷戦やその時の世界情勢で人生を左右された背景から出た声でもありましたが、「あの時代」とは何なのか。ここを出発点に、日本の朝鮮植民地支配や、その時代を生きた朝鮮の人たちに思いを寄せられるような勉強会にしていきましょう、と共有する機会になりました。参加人数が多かったこともあり、自由に議論する時間は取れませんでしたが、今後の学びの意義や目的を確認できた、最適なキックオフ企画となりました。

 

 第二回の勉強会は、6月26日に「東アジアの近現代史をふりかえる」というテーマで、講師はKEYで担わせてもらいました。「日本の植民地支配」に至るまで、明治以降の「征韓論」に関する議論、日清・日露戦争の時代背景を学びました。

今年度は、大阪、東京とも学生だけの自主ゼミを行い、朝鮮半島や在日コリアンに関連する発表を各自で実施しているとのことです。例年にも増して、関心の高さが、かたちとなって現れています。そこには、前年から参加している学生リーダーの役割が大きいと言えます。とりわけ、訪朝予定メンバーは、平壌でいかに充実した学生同士の対話交流ができるか。そのための土台作りとして歴史の基礎理解を進めていることになります。また、8月の訪朝後は、報告会を各地・各メディアで行いながら、引き続き、在日コリアンや朝鮮半島に関わるフィールドワークを実施する予定です。

(李明哲(り・みょんちょる)/KEY)

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